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さて、本日で3回目になります台湾の若き新鋭画家である【オスカー・ツァイ氏】絵画シリーズ【台北人】の紹介。

 

若者も中年も高齢者も、それぞれ各々の人生を全うしている彼らの姿。

 

世の中に不満があってもなくても、一生懸命生きていく【台北人】の姿は日本人と何ら変わらないのだとそう思わせてくれます。

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学生時代をそれぞれの価値観で過ごす【台北人】

学生時代って、とても難しい時期です。

 

自分の好きなことを見つければ非常に有意義だし、辛いことがあっても何とかやりきれます。

 

片や勉強はしてもなぜか満たされず、昔の学生運動よろしく国の教育制度に反抗する学生もたくさんいるでしょう。

 

人の真似をしたからと言って同じように満足できる道を歩める訳でもない、だからこそ多くの学生は自分しかできないことを見つけに学校に行くのかもしれません。

国の教育部前にて学習指導要領改訂に反対する学生

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最初の絵は国の教育部、つまり台湾での文部省前で抗議の座り込みをしている学生の様子です。

 

以前の国民党政権は台湾独立を発想させないような学校教育を目指していましたので、台湾の高校教育において学習指導要領改訂を行っていました。

 

しかし、学生の間からは台湾の思想的自由度を失うという危機感もあり、反対する学生もかなり多いのです。

 

絵の中にある≪洗脳されるのは拒絶≫という言葉は非常に印象的。台湾にとってダメなことは台湾の学生も十分に理解しています。

中正紀念堂広場で旗振り演技の練習をする女子高生

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次の絵は中正紀念堂で旗振り演技の練習をする女子高生

 

政治にはまだ興味がわかず、今はとりあえず好きなことを一生懸命やりたいという思いがみなぎっていますね。

 

高校時代に熱中できることが見つけられずに悶々と生活する学生も多い中で、彼女はそれを見つけられてとても充実した高校生活を送っているのでしょう。

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毎日を家庭第一に生活している大人の【台北人】

【オスカー・ツァイ氏】の絵の中で、とてもシンプルだけど印象がかなり強いのがこの2枚の絵になるでしょう。

 

どちらも立っているだけの絵ですが、毎日の生活の中で重いものを背負って一生懸命に生きている印象です。

 

誰かのために頑張りたい、これらの絵からはそんな覚悟さえも感じさせられます。

龍山寺で一心不乱に真剣にお祈りする若い女性

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ところは龍山寺です。どこからお参りに来た女性かは分かりませんが、お祈り1つにしても敬虔な方である印象を受けます。

 

でも、龍山寺なので台北に観光に来たついでにお祈りしているのかもしれませんが、いずれにしても台北に住む人々にとってはおなじみの場所です。

 

この女性も家族のことを祈っているのでしょうね。人はだれでも、願い事が急に思いつかなくても家族の安全を願うものですから。

台北市古亭のバス停にてバスが来るのを待つ男性

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さて、ところは変わって台北市古亭のバス停。雨の中、仕事帰りと思われる男性がバス待ちしています。

 

おそらく、向こう側ではスマホを見ているのでしょうか?天気の変わりやすい台北では折りたたみ傘は絶対の必需品

 

後ろ姿から仕事に疲れ果てたという印象はありませんが、やっと家に帰って妻に子供に会えるという安堵感は十分に伝わってきます。

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運命に逆らわず毎日を強く生き続ける【台北人】

次は運命に逆らわない生活をしている方の2枚の絵。

 

街を歩いていても、普段多くの方に気にも止められないような2人の姿

 

あまり他人から関心を持たれてない印象を受ける2人ですが、とりあえず今日生きるためにこれをやっているという姿になります。

中正紀念堂広場でシャボン玉おもちゃを売るおばさん

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中正紀念堂広場でシャボン玉のおもちゃを売るおばさん。

 

この場所には多くの観光客や子供連れが来ますので、毎日不特定多数の子供連れに売る訳です。

 

ネット全盛の時代では非常に昔ながらの売り方ですが、今でもこれで生活している方はいます

 

毎日どれだけ売れるかおばさん自身も知る由はありません。ただ言えるのは、これが彼女にとって生きる道なのです。

西門町の街の片隅で酒を飲んで眠るホームレス

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西門町の片隅で寝ているホームレス

 

若者や観光客が集う西門町ですが、誰もが見て見ぬふりで彼の前を通り過ぎます

 

傍から見るととても惨めに見える彼も、とりあえず今日はお酒を少し飲んで眠りについているのです。

 

いつこのような生活から抜け出せるか分からないけど、今日の彼は少なくとも運命に逆らわずに生きている状態だと言えるでしょう。

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